時刻は午後八時。
思った以上に収録が早く終わり、真斗は朝トキヤに告げていた帰宅時刻よりも一時間ほど早く寮のマンションに辿り着いた。もちろん、早く終わることは既にメールで連絡済みだから、自分がこの時間に帰ってくることは彼も分かっている。
早乙女学園卒業後に移り住んだシャイニング事務所の寮では同期は同じフロアに部屋がある。そして、自分と彼の部屋は隣同士だった。けれど真斗は自宅には戻らずにそのまま隣の彼の部屋へと足を向ける。
実は、今朝もこの部屋から直接仕事へと向かっていた。あなたの誕生日を一番に祝いたいんです、とトキヤが言うから、真斗は昨日トキヤの部屋に泊まっていたのだ。
この関係になって数年。お互い何度も行き来しているふたりの部屋にはひと通りお互いの服や生活用品が置いてある。だから、どちらが自分の部屋だったかたまに分からなくなる。時折、間違えて誰もいないトキヤの部屋のドアを開けてしまうこともあるくらいだ。
そんな通い馴れた部屋のドアを彼からもらった合鍵で開ける。どことなく甘い匂いが鼻腔を掠め、身を切るほどに寒い外気ですっかり冷えていた肌が、温かな部屋の空気に触れて一気に溶けていくようだった。
「ただいま」
「真斗さん、おかえりなさい」
玄関のドアが開く音を聞きつけてトキヤが黒いエプロン姿のままキッチンから玄関へと続く廊下に顔を覗かせる。
「いい匂いがするな」
「お腹空いたでしょう? 夕飯できてますよ。それとも先にお風呂に入りますか?」
「いや、先に夕飯をもらおうか」
「では、今準備しますね」
真斗さんは座って待っていてください、と彼は再びキッチンへと姿を消した。

待つというほどもなく、コートやマフラーを脱いでハンガーに掛けて、洗面所で手を洗ってリビングへと向かうと、既にテーブルの上にはいくつもの料理が並んでいた。今日はあなたの誕生日なので張り切ってしまいました、とはにかむトキヤの言葉通り、食卓の上はいつもより華やかだった。温かな湯気をたて、空腹感をかき立てるいい匂いが食欲をそそる。
「ワイン、開けてしまいましょうか」
普段、酒はおろか、この時間には食事も水分すらもあまり取らないトキヤが珍しくそう提案した。
今度、ソムリエの役をやることになったんです。それで、ワインをもらったんですよ、と食器棚の一番奥、今まで数えるほどしか使ったことがないワイングラスを引っ張り出しながら、トキヤが言った。本当は、クリスマスに開けようかとも思っていたのですが、お互い仕事だったでしょう? と言いながら栓を開ける姿は、なるほど、本物のソムリエに習ったというだけあって様になっている。
ワインと言えばほぼ無色透明な白ワインか、濃い赤褐色の赤ワインという認識があったのだが、グラスに注がれたきれいな琥珀色の液体は、思い描いていたそれらとは違う色だった。
「お酒、あまり飲めないんですと言ったら、こちらのワインを頂きまして」
失礼します、とひと言声をかけて、トキヤがワインに少しだけ口を付けた。
「ああ、これは飲みやすいですね」
ジュースみたいですよ、と差し出されるグラスを受け取り、先ほどのトキヤのように少しだけ口をつける。
「甘い」
色も違ければ、味も違う。今までそれなりに高価な銘柄も口にしたことはある。けれど記憶の中のそれはどれも渋くて酸っぱくてあまり美味しいとは思えなかったのだが、これは甘くて本当に飲みやすい。
「デザートワインだそうですよ」
食後の方が良かったかもしれませんね。それとも、このまま食前酒にしてしまいましょうか、と笑うトキヤはいつもよりも上機嫌のようだった。

結局、ワインは食前酒にしてふたりで乾杯をした。ふたりだけのささやかな誕生日のお祝い。いつもより豪華な食事と甘いワイン以外はいつもと同じだが、けれど、そのいつもと同じということが何よりも幸せだった。
それに、トキヤの料理はどれもおいしかった。以前ならトキヤはこの時間には一切食べ物を口にしなかったのだが、最近はそうでもない。少々遅い時間になってもなるべくふたりで食事をしようとしてくれているようだった。もちろん、職業柄そうできないことも多いのだが、だからこそ、一緒に取れる食事の時間は大切だった。やはり、食事はひとりでは美味しくない。それを知ってしまった。

そんな風に穏やかな夕食が終わり、てきぱきと片付けを始めたトキヤに、せめて後片付けくらい自分がやろうと申し出てみるが、今日はあなたの誕生日なんですから、あなたは何もしなくていいんですよ、と断られてしまう。そうして、それよりも先にお風呂に入ってきてください、とバスルームに追いやられてしまった。
「ああ、そういえば、新しい石けんをおろしたんです。良い香りなので使ってくださいね」
着替えやバスタオルを持って再び脱衣所に顔を覗かせたトキヤが思い出したように言った。
学生の頃から肌や髪のケアに余念がなかったトキヤの使っているものは、拘っているというだけあって良いものばかりだった。髪の毛が少し細くて痛みやすい自分もシャンプーには少し気を使っていたのだが、トキヤの選んだものはどれも肌にあった。トキヤと同じものを自分用に揃えてしまうくらいにはそれが気に入っている。そこにはもちろん彼がうちに泊まりにきた時のために何かと便利だろうという下心もあったりはするのだが。

バスルームのドアを開けると、ほんのりと蜂蜜のような甘い匂いが漂っていた。先ほどトキヤが言っていた新しい石けんだろうか。自宅と同じ間取りのため、内装も同じバスルームで、置いてあるものも殆ど同じ。違うのは位置ぐらいだろうか。けれどそれもあまり差異はないのだから、自宅と錯覚してしまうのも仕方がない。そんな見慣れたシャンプーやコンディショナーの隣り、石けん皿の上にまだ角が尖っている少々歪な形の乳白色の塊があった。
甘い匂いの正体はこれか、とそれを手に取って鼻に近づけてみると、まるで蜂蜜の塊なのではないだろうかと思うくらいの甘い蜂蜜の香りがした。それはスポンジで泡立てるとよりいっそう広がり、甘い匂いがバスルーム全体に充満してゆく。石けんとしての泡立ちもよく、肌もすべすべになったような気がする。
そうして、この後行なうであろう行為が思い浮かんでしまって、それを振り払うように真斗は頭から熱い湯をかぶって何とかやり過ごした。

風呂から上がり、リビングに向かうとそこにトキヤの姿はなく、キッチンで何か作業をしているようだった。
「風呂、頂いたぞ」
ありがとう、とその背に声を掛けると、ボウルを手にしたままトキヤが振り返る。
「良く暖まりましたか?」
「ああ、いい湯だった。……クリームを立てているのか?」
ケーキを作るのだろうか、トキヤが手にしているボウルには白いホイップが見える。
「ええ、そろそろ良い塩梅になってきたところです」
泡立器でクリームを掬って固さを確認すると、こんなもんでしょう、とトキヤが満足げに笑う。
「何か手伝うことはあるか?」
「いえ、これはあなたのためのものですから、私にやらせてください」
それよりも、と、ボウルをキッチン台の上に置いたトキヤが真斗へ近づき、風呂から上がったばかりの首筋に顔を埋めて、すん、と鼻を鳴らした。
「石けん、使ってくれたんですね」
やっぱり良い香りですね、と首筋に鼻先を当てたまま言うトキヤからも甘い蜂蜜の香りがしている。
「お前はもう風呂を済ませていたのだな。お前も良い香りがする」
「ええ、あなたが帰ってくる前に」
お互いの首筋に顔を埋め合いながら、抱き締め合う。風呂で暖まった身体にトキヤの身体が馴染んでじんわりと温かい。
そうして鼻先を擦りつけるように首筋に当てていたトキヤの顔が次第に明確な意志を持って動き始める。首筋に触れるだけの口づけをくり返し、薄く口を開いて軽く吸い上げる。この程度では痕は残らない。舌全体を使ってべろりと舐め上げれば、真斗が息を飲むのが分かった。けれど真斗が何も抵抗をしないのを見て、そのまま耳の後ろまで舌を這わせ、もう一度耳の後ろの柔らかな箇所を吸い上げた。その間にも手は真斗の寝間着代わりの浴衣の合わせを少しずつずらしてゆき、現れた鎖骨を指先でくすぐっている。仰け反る首筋に再び唇を寄せて甘く歯を立てれば真斗が小さな声を上げた。
「ん、……あ、……一ノ瀬、その、ベッドに、」
じわじわと身体の中心から侵食してくるような熱に、真斗は身を震わせた。
昨日、真斗はトキヤの部屋に泊まったけれども、肌は合わせていない。真斗の仕事が早朝からだったため、ふたりで抱き合って眠っただけだった。それに、今夜もトキヤと過ごす予定であったから、こうなることは真斗も分かっていた。むしろ期待していた。
付き合い始めて数年、身体を重ねた回数だってもう既に数えられないくらいには多い。けれど、どうしても気恥ずかしさが勝ってしまって未だに馴れない。行為の最中ではもっと恥ずかしいこともしているし、それを強要されることもあるのだが、特に、中途半端に理性が残っている行為を始めようというこの瞬間がたまらなく恥ずかしい。
「ベッドに、なんですか?」
聡いトキヤはそれを分かっている。分かっていてこういうことを言う。
「ベッドでどうしたいんですか? ねぇ、ちゃんと言ってくれないと分かりませんよ?」
そんな空とぼけたことを言いながらも、トキヤは真斗の足の間に自身の足を割り込ませて、太ももを擦り付けるようにゆっくりと動かし始めた。この至近距離では、どちらも中心の熱が昂り形を変え始めていることなんてまる分かりだった。その焦れったい動きに、思わず自分から腰を押し付けていることも真斗は自分で気がついている。そうしてトキヤも気がついている。真斗が腰を押し付ける度に、触れているけれども、もっと強く触れて欲しいと思うくらいの微妙な距離感を保ったままトキヤが太ももを離す。
「焦らすな」
「ちゃんとお強請りできたらあなたの望むことをしてあげますよ」
だから、ね? と顔を覗き込まれては、真斗は観念するしかない。いつもこのパターンだ。いつか、トキヤの鼻を明かしてやりたいと思うものの、未だに出来ずにいるのは、自分がそう望んでいるからなのか、そんな考えが頭を過るが、そんなこと今考えることではない。身体はこの先の行為を望んで、もう引き返せないところまできている。
「……したい」
「何ですか? よく聞こえません」
なおも意地の悪いことを言うトキヤの背を抱き締めたまま、真斗は腕を上にずらしてトキヤの首の後ろに手を滑らせた。項の生え際を撫で上げ、浮き出ている首の骨をくるくると二三度撫でてから、そっと爪を立てる。ピアノを弾くためにいつも短く切り揃えている爪では、さほど痛みを与えることは出来ないだろう。意地悪なトキヤへのせめてもの意趣返しだ。
「おや、痛くされるのがご所望なんですか?」
トキヤが耳元で笑う。仕返しとばかりに耳朶を甘噛みされて、真斗の背に甘い痺れが走り抜ける。これではますます自分の立場が悪くなるばかりだ。
意を決して真斗が口を開く。恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
「……お前が欲しい、トキヤ」
「良く出来ましたね。ご褒美をあげますよ」
直接鼓膜を震わせる程に近い距離で囁かれる吐息混じりの言葉は、真斗の理性を簡単に溶かしてしまった。

けれど。
あなたは先にベッドに行っていてください、とトキヤに促されて真斗がたったひとりで寝室に来てから数分が経っていた。先ほどまで昂っていた身体は冬の寒さもあってか、すっかり落ち着いてしまった。
寝室のベッドの上で、こんな風にひとり待たされるのならば、なし崩し的に行為が始まってしまう方がずっと良かった。自分をほったらかしにしているトキヤに少々腹が立ってきて、もう寝てしまおうかと真斗が布団をすっぽり頭まで被ったところで、ドアが開く音がした。顔だけを向けてドアを見遣れば、予想通りの人物が見える。しかしトキヤが手にしていたのは、予想外のものだった。普通、寝室では見ることがないものだ。嫌な予感が真斗の脳裏を掠める。
「なんだそれは」
「生クリームです」
トキヤも真斗も寝室で、ましてやベッドの上で飲食するのは好きではない。もちろん、今までだって体調が悪い時を除いて布団の上で食事をしたことなどない。
仮に百歩譲ってトキヤがベッドに寝転がりながら食事をしたいと思っていたとしても、絞り袋に入った状態の生クリームだけを手にしているというのは、少々おかしい。いや、少々どころではない。普通におかしい。
「それは見れば分かる。どうしてそれを持ってきた」
「今日はあなたの誕生日でしょう? ですからちょっといつもと違うことがしたいと思いまして」
喜々として無邪気な返事をするトキヤは、普段の落ち着いた印象よりもずっと幼く見える。
「俺の誕生日だろう? どうしてお前のしたいことをするんだ?」
口を尖らせて不満を表情に浮かべる真斗の唇をトキヤが指先で突つく。そうして真斗の反論を封じたトキヤはにこりととっておきの笑みを唇に乗せて言った。
「ですから、気持ち良くして差し上げますよ」

常夜灯だけをつけた薄暗い部屋で、すべての衣類を剥ぎ取られて裸で横たわる真斗に覆い被さるようにしてトキヤはその白い身体を貪っていた。
まずは下準備からですね、とお互いすべての衣服を取り払ったにも関わらず、トキヤは真斗の胸許ばかりを責め立てている。そこばかりではなく、もっと下の方も直接的に触れて欲しいと思うのだが、真斗の性格上、そんなことは口に出来ない。もぞもぞと太腿を擦り寄せて、もどかしい快楽に耐えるしかなかった。
「本当はいちごもデコレーションしようかとも思っていたのですが、こんなにも可愛らしくて慎ましい果実がふたつもあるんですから、十分ですよね」
そう良いながらトキヤが真斗の両胸の突起を同時に押しつぶす。
「あ……! やぁ……!」
「ふふ、こんなに赤くなって、ちょうど食べ頃ですね」
気の済むまで弄られぷくりと勃ちあがった乳首に、仕上げとばかりに触れるだけの口づけを落としてトキヤが満足げに笑う。
「では」
そろそろあなたをデコレーションしましょうか、と生クリームが詰まった絞り袋を手にして、トキヤが笑みを浮かべた。星形の口型から絞り出されるクリームが落ちる先は自分の裸の胸だ。倒錯した光景に感覚が曖昧になってゆく。
「冷たいですか?」
「いや、大丈夫だ」
僅かに冷たさも感じたが、びっくりするような温度ではない。真斗の返答にトキヤはほっと、胸を撫で下ろし、そうして再び作業を再開した。
絞り出されたクリームの山は、ぴんと立ち上がった乳首を囲むようにいくつも連なっている。
わざとやっているのだろう、尖っている口型が、先ほどまで散々いじられて敏感になった乳首を掠め、そのもどかしい快楽に思わず身体が跳ねてしまった。
「……ん、……ぁ」
「じっといていてくださいね」
もう少しですから、と言葉をかけるトキヤは場違いなほどに真剣な眼差しを乳首に向けている。トキヤが行為の最中にあんなに真剣な表情をしたことなどあっただろうか、と考え始めたらなんだか笑いが込み上げてきてしまった。くすくすと堪えきれない笑い声をあげれば、身体も自然に動いてしまう。
「ほら、じっとしていてくださいと言ったでしょう?」
何が可笑しいんですか? と怪訝な顔を向けるトキヤに、真斗はとうとう吹き出してしまった。
「いや、お前があまりに真剣な表情をしているものだから、おかしくて」
くつくつと口を押さえながら笑う真斗に、トキヤが眉を顰める。まだクリームが塗られていない方の乳首を思い切り抓り上げた。
「ひゃ…ぁ! いた……!」
「そうやって暢気に笑っていられるのも今のうちですよ。覚悟なさい」
笑みを浮かべて舌先で唇をぺろりと舐めれば、それだけで途端に大人しくなった真斗に満足する。そうして手早くクリームを絞り出しながら、その身体を白いクリームで飾り立てていった。
真斗が大人しくなったおかげか、大した時間も掛からずに頭の中で思い描いていた通りにデコレーションが終わった。想像以上にいやらしいその姿に我知らずごくりと喉が鳴る。
それでは、いただきます。と笑みを浮かべたトキヤがそう宣言して、真っ白な生クリームでデコレーションされた乳首へと舌を這わせ始める。先ほど抓られて未だにじんじんとした痺れにも似た痛みが残っていたそこへ優しく這わされる舌に、腰が疼いてしまう。そうして、トキヤの頭をかき抱いて、もっと、と強請るように胸を突き出すようにして擦り付ければ、トキヤの頬に白いクリームがつく。それがなんともいやらしい。
トキヤはクリームをすべて舐めることはぜず、上半身全体にクリームを伸ばし、そのぬるぬるとした感覚を楽しむように手のひらで何度も撫で摩った。ふくらみのない真っ平らな胸を揉むように動かし、時折胸の突起を指先で掠める。もともと油分の多いクリームはすぐに馴染んで、僅かな光を反射しててらてらと輝いていた。
胸の上からクリームがなくなったのを見て、トキヤは最後に自身の顔についていた生クリームを指先で掬いとって、見せ付けるようにその指先を舐めた。
「なんですか、そんな物欲しそうな顔をして」
もしかして生クリーム舐めたいんですか? とトキヤが問えば、真斗がこくりと頷いた。
真斗は甘いものが好きだ。だから、生クリームを舐めたいと思ったのは本音だ。だけど、本当は、トキヤの頬についた生クリームを直接舐め取りたかったのだが、羞恥ででそれを言うのが憚られて、誤魔化すために、無言のまま頷いたのだった。
真斗の無言の返事に、そうですか、と何かを考えるように首を傾げたトキヤは次の瞬間、満面の笑みを浮かべた。何か良からぬことを思いついた時の顔だ。真斗の背に冷や汗が流れる。
「いや、やっぱり、」
断ろうとした言葉を遮るように、トキヤが仰向けに横たわっていた真斗の腕を引いた。真斗の上体を引き起こし、代わりに膝をついていたトキヤが真斗の前で胡座をかいて座る。既に芯を持ち始めていた性器が隠すところなく晒されていて、真斗は思わず視線を外してしまった。
けれどそれがいけなかったのかもしれない。再び真斗がトキヤへと視線を戻した時、絞り袋の先端から真っ白な生クリームがトキヤの身体の中心で存在を主張する陰茎に絞り出されている瞬間だった。
「な、」
あまりの光景に声を失って動揺している真斗にはおかまいなしにトキヤは自身の陰茎が隠れてしまうくらいに生クリームを絞り出した。そうして、再び真斗の腕を引く。
「どうぞ、遠慮しないでください」
そうは言われても、未だ理性の欠片が残っているこの状況でそれを口に含むのは躊躇われてしまう。先ほどのトキヤのように、いただきますなんて言って舐め始めることなど、今の真斗には到底出来ない。
「どうしたんですか、いつも舐めてくれているでしょう?」
それを知ってか知らずかトキヤは、今日はクリーミーで、いつもより舐めやすいかもしれませんよ、なんておかしなことを言う。
「しかしだな、」
「舐めてくれないと、この先の行為に進めませんよ」
私が欲しいんでしょう? とトキヤが笑う。
確かに身体はトキヤを欲しがって既に昂り始めている。自分だって早く欲しいのだ。
さあ、早く、と促されるままに、真斗は四つん這いになって、トキヤの欲望を両手で捧げ持つようにすると、そうっとその白いクリームに舌先を這わせた。
が、
「……甘くない」
思い描いていたものと全く違うそのクリームに、思わずぽつりと呟けば、ああ、と思い出したようにトキヤが口を開く。
「このクリーム、砂糖入れてないんですよ」
主に舐めるのは私ですからね、とトキヤがくすくすと笑う。
つまり、
「このためだけに泡立てたのか?」
「そうですよ」
事も無げにトキヤが言う。
ということは。
「ならば、ケーキはないのか」
「なんですか、この状況でそれですか?」
真斗の言葉に呆れたような声を出したトキヤだったが、呆れたのはこっちだ、と真斗は内心溜め息を飲み込んだ。
トキヤは勉強熱心だ。特に、好きなことや興味のあることに関しては傾ける情熱が凄い。それは単純に尊敬に値するくらいだと常日頃から真斗は思っている。思っているが、こういうところまでそれを発揮するのはどうなのだろうか。まあ、年頃の男が性に興味があることは正しいのだろう。しかし、時折真斗の理解の範疇を越える時がある。
真斗はトキヤ以外に付き合った相手などいないし、ましてや肌を合わせたこともない。始めの頃はトキヤの行動やトキヤに強要されていたこともそういうものだと受け入れていた真斗だったが、世間知らずと言われていた自分だってもう二十歳を過ぎて、この業界に入って色々と知って行くにつれて、どうやらトキヤが世間一般でいうところのノーマルから少しはずれているのだと気がついたのは最近のことだ。
とは言っても、それに気がついたところで真斗はトキヤとこの関係をやめようなんてことは露ほども考えていない。とどのつまり、トキヤの性癖をそこまで嫌だとは思っていないのだ。だから、仕方がないなと呆れるだけで、受け入れている。トキヤもトキヤだけれども、真斗も真斗だと本人は気がついていないのだから、それはそれで幸せなのかもしれない。
「ケーキなら、ちゃんとしたものを用意していますよ。それに砂糖を入れた甘い生クリームもあります」
だから、今はこちらに集中してくださいませんか、とトキヤは言うれども、真斗は今だ複雑そうな顔をしている。
「シフォンケーキを焼いたんです。だから、クリームは添えるだけなので、そんなに量はいらないでしょう?」
有効利用ですよ、とトキヤは言ったものの、本当に有効利用するつもりならば別の料理に使えばいい。トキヤならばそれが出来ないはずも、考えが及ばないなんてこともないはずなのだが。
「一度やってみたかったんですよね、生クリームプレイ」
今にも鼻歌を歌い出しそうな上機嫌でトキヤが言った。恐らく、トキヤのことだから敢えてクリームを使わないシフォンケーキを選んだのだろう。わざとクリームが余るようなものを選び、その上での、有効利用なのだ。そして、それを思いついたのも昨日今日の出来事ではないはずだ、きっと何ヶ月も前から考えて機会を窺っていたに違いない。
「お前は本当に悪趣味だな」
「あなたはその悪趣味な男が好きなのでしょう?」
あなたも同類ですよ、と意地の悪い笑みを浮かべてトキヤがくすくすと笑う。
ほら、早く。クリームが溶けてしまいますよ、とトキヤは先端に生クリームが乗ったいきり勃った自身を真斗の鼻先へと突きつける。
ひと睨みしながらも、これ以上何を言ってもトキヤは聞く耳を持たないだろうと諦めて真斗は生クリームごとトキヤの欲望を口に含んだ。淡い蜂蜜の香りと全く甘くない生クリーム。トキヤの先端からじわりと滲む汁と混じってだんだんと良く分からなくなってゆく。
「美味しいですか?」
ぴちゃぴちゃと音を立てながら自身を舐める真斗の頭上からトキヤが声を掛ける。口の周りや、髪までもべとべとに汚しながら、それでも懸命にしゃぶる姿に更に自身が昂ってゆくのが分かる。
「ん、……真斗さん、上手になりましたね」
髪を撫でていた手で耳殻をなぞり、耳朶を指先で弄び、首筋へと向かう。そのまま肩のラインをなぞるように滑らせた手が背筋を何度か往復して、手のひら全体で包むように脇腹へ触れる。真斗は脇腹が弱い。そこをくすぐられると、いても立ってもいられなくなってしまう。身を捩ってトキヤの手から逃れようとしてみるが、トキヤの手はなおも執拗に真斗の薄い腹を撫で回す。
「……ぁ、や、くすぐったい……!」
脇腹を撫でていたてがするりと上に移動して、先ほどまで生クリームに塗れていた胸元へと辿り着いた。手を滑らせる度に両胸の突起に引っかかり、その度に真斗が小さく声を上げて肩を揺らす。
「腰、揺れてますよ?」
我慢できないんですか? と声を掛けてみるが、真斗からの返事はない。
手を伸ばしてクリームの絞り袋を引き寄せたトキヤは、指先にクリームを絞り出し、それを突き出されている尻の双丘の谷間へと指を滑らせた。
「ひゃ、あ……! あっ……」
窄まりの皺の一本一本までしっかりと塗り込むように、入り口を丹念にほぐしてゆく。始めは力が入っていたそこも次第に緩み始めて、クリームが馴染む頃には、ひくひくと蠢く入り口が、もっと奥へと誘うように指先を締め付けていた。
しかしこの体勢では奥まで指が入らない。何よりもよく見えないのが不満だ。
「真斗さん、もうこちらはいいですよ」
口の周りをべとべとにしながら、腹にまでつきそうなほどに勃ち上がったそれをしゃぶっていた真斗の口から引き離そうとしたが、どこか名残惜しそうに先端に吸い付いたのを見て、むくむくと悪戯心が沸き上がる。
「そんなにクリームがお好きでしたら、私のクリームも味わってもらいましょうか」
目、閉じててくださいね、と声を掛ければ真斗が素直に目を閉じる。それを見届けてからトキヤは自身の根元を擦り上げる。もう既に限界に近かった身体は数度扱いただけで呆気なく精を吐き出した。
勢い良く飛び出した白濁した青臭い体液が真斗の顔に降り掛かり、きれいな顔を汚している。まるで真斗を自分だけのものにしたような心地良い征服感がトキヤの胸に広がっていた。
ん、と小さく声をあげて目を開いた真斗が汚れた顔を拭おうとする手を止めて、先ほどのクリームみたいに、顔に掛かった白濁した体液を伸ばしながら塗り込める。前回真斗と身体を重ねたのは一週間ほど前だっただろうか。それから自分自身でも抜いていなかったから、だいぶ濃く、匂いも強いものが出たようだ。少しだけ顔を顰めた真斗は、けれど何も言わずにそれを受け入れていた。薄く口を開くその唇を撫で、そのまま口の中へと指先を押し込めば、舌が先ほどまでの行為を彷彿とさせるように吸い付く。
「美味しいですか?」
「……苦い」
「でも、お好きでしょう?」
もう片方の手で髪を撫でながらそう言えば、真斗が軽く睨む。そうして、こちらを上目使いで見上げたまま指先に甘く歯を立て、先端を二度三度ノックして、小さく笑った。
一体どこでこんなことを覚えて来たのだろうか。ちりちりと焼け付くような感情が胸に広がる。
真斗が自分以外の人間と肌を合わせていないことぐらいトキヤは分かっている。真斗は正直な人間だ。少しでも後ろめたいことがあれば、あからさまに態度に表れる。だから、こうして自分の腕に身を任せているこの状況を見れば何もないことなど火を見るより明らかだ。
それでも、肌を重ねる度に色気を増してゆく真斗が誰かに見初められるのではないかと不安を覚えない日はない。特に、ふたりが身を置く業界柄、はっきりとNOを言えない立場のことも多い。拒絶したが最後、もう二度と表舞台に戻れなくなることだってあり得なくはないのだ。
「いけないひとですね」
焦燥にも似た嫉妬をひた隠しながら、トキヤは真斗の脇下に手を差し入れ抱き起こすと、そのままその白い身体を押し倒した。彼の頭上にある枕を引き寄せて真斗の腰の下に差し入れ、腰を浮かせると、真斗の足首を掴んで左右に大きく割り開く。勃ち上がりどろどろに濡れた陰茎と尻の狭間の窄まった入り口が余すところなく見える体勢にトキヤは笑みを浮かべた。
この身体を知っているのは自分だけで良い。いや、自分以外の人間に知られてなるものか。
「本当はすぐにでも入れてしまいたいのですが、折角ですからもう少し楽しみましょうか」
再び生クリームの絞り袋を手繰り寄せて、トキヤはふるふると小さく震える真斗の陰茎に生クリームを絞り出した。ああ言ったけれども、トキヤ自身ももう余裕などなかった。先ほどのようにきれいにデコレーションすることなど忘れて、やや乱雑にクリームを絞り出してゆく。
「あ……、ん……んっ!、あぁ!」
僅かな感覚ですら刺激になるのだろうか、すっかり理性など捨て去ってしまったかのように声を上げる真斗に、こちらも我慢が出来なくなる。
クリームを出した端からすぐに口に含んで舌で愛撫し、その間にも根元を擦り、腫れたように膨らむ袋もやわやわと揉みしだけば、びくびくと真斗の白い身体が跳ねる。
「あっ!、ああ……! だめ、もう、でちゃ……」
トキヤの頭に手を添えて身も世もなく喘ぐ真斗が、懇願するようにいかせて欲しいと視線で訴えていたけれども、トキヤはそれを見て見ぬ振りをしていた。もっと我慢した方が、快楽が深くなることを分かっているからだ。
「まだですよ、もう少し我慢してください」
達せないように根元を指できつく押さえながら、もう片方の手で、緩み始めていた後門に指を含ませる。先ほど少し慣らしたせいか、指二本を軽々と飲み込んでしまったそこは、もっと太くて大きいものを欲しがるようにトキヤの指をきゅうきゅうと締め付けている。
本来ならばもう少し時間を掛けてじっくりと慣らしたいのだが、もう、真斗も自分も限界が近い。
「力、抜いてくださいね」
半分ほどまで絞り出したところで絞り袋を持ち直したトキヤは、真斗の窄みに絞り袋の口型を含ませて、残っていたクリームを真斗の体内へ残らずすべて絞り出した。
「あ、あ……ぁ、やぁ……」
クリームのような軽いものでも体内に入ったという感覚が分かるのだろうか、真斗が背を反らせて身を震わせた。ひくひくと蠢く窄まりが締め付けている絞り袋の口型を引き抜けば、ぽっかりと空いた口から真っ白なクリームが覗いている。その光景が酷く卑猥で更にトキヤを掻き立てる。
「力を入れて出さないでくださいよ」
入り口をぐるりとひと撫でして、すっかり立上がっていた自身の先端を軽く含ませれば、先ほど絞り袋の口型を締め付けていたように奥へと誘うようにひくひくと締め付けていた。
「あ、早く……、トキヤぁ、」
真斗の痴態に誘われるままに一気に奥まで挿入してしまいたい衝動を抑えながら、ゆっくりと自身を埋め込んでゆく。柔らかい肉をかき分けて、押し広げながら奥へと入っていく感覚に、気を抜けばすぐにでも持っていかれてしまいそうだった。
「ん、……はぁ、何だか、いつもよりも締まりが良いですね、興奮してるんですか?」
今にも達してしまいそうなのを必死に堪えながらゆるゆると腰を前後に動かす。ぐじゅぐじゅと鳴る卑猥な音が更に興奮をかき立て、抽挿を繰り返す度に溶けて液体になったクリームが隙間から零れ、互いの身体を汚してゆく。
「あ……、あっ……! そんなの、知らな、あぁ……!」
「ほら、何が欲しいんですか?」
腰の動きを止め、結合部分を指で撫でれば、真斗の腰が耐えられないというように揺れ始める。言いなさい、と更に言葉を掛けると、すっかり理性が剥がれて欲望がむき出しになった真斗が叫ぶようにして言った。
「あ、……!ん、もっと……、もっと、突いて……!奥まで、もっと…!」
「いいですよ、私の、全部、受け止めてくださいね」
細い腰を掴んで、がつがつと腰を突き入れる。まるで獣になってしまったかのように、それしか考えられなくなっていた。体中の血が沸騰しそうなほどに熱くなり、言葉を忘れて身体を貪り合う。
ぱんぱんと肉がぶつかり合う音に、軋むベッドの音、ぐちゅぐちゅと湿った水音に、囈言のように喘ぐ真斗の声。互いの荒い息が、部屋に充満してゆく。
「あっ、あっ、ああ…!!」
もうお互い限界が近い。浅い場所にある真斗の前立腺のしこりを張り出した雁首で小刻みに突くように擦りながら、時折奥深くまで腰を打ち付ける。真斗の腰は大きく動いて、その快楽の大きさを教えていた。
「あっ、あっ、あっ、いく、あっ……!」
その言葉通り真斗が声をあげながら精を放つ。それにつられるように蠢く内壁に耐えきれずにトキヤも再奥へと精を放った。



「体中べとべとだ……」
乱れていた呼吸もすっかり落ち着き、先ほどまでは全く感じなかった肌寒さを覚えてきた頃。行為の余韻を楽しむように、顔中に甘いキスを降らせていたトキヤにじとりとした視線を向けて真斗が言った。
自分だって結構楽しんでいたではないかとトキヤは思うのだが、妙に機嫌の悪い今の真斗にそんなことを言ったが最後、暫く行為はおろか、まともに口を聞いてくれなくなってしまうかもしれない。ここは機嫌を取っておくに限る、と長年の付き合いからそう判断したトキヤは、彼の言葉通りべたつく髪を優しく撫でつけながら穏やかに声を掛けた。
「ちゃんと身体洗ってあげますから」
あの蜂蜜の石けんで洗いましょう、とトキヤが宥めてみるが、真斗は無言のままだ。
「ケーキもありますよ。甘いクリームも」
そう言うと、複雑そうな表情を浮かべた真斗は、トキヤの視線から逃れるように視線を外しながら言った。
「何だか暫くは甘いもののことは考えたくないな」
胸焼けだ、と真斗が顔を顰める。
「そうですか、それは困りましたね」
あなたが食べないのなら誰かにあげてしまいましょう、と言葉を続けると、あからさまな態度で顔を背けていた真斗がぱっとこちらを振り向いた。そうして、明日食べる、と小さな声で言うものだから可愛くてたまらない。思わず首の後ろを引き寄せて噛み付くようなキスをした。
ぐちゅぐちゅとふたりの間から濡れる音に再び身体が熱を帯びてゆく。角度を変え、散々に咥内を味わって、漸く口を離せば、むくれた顔がそこにあった。どうやらまだ機嫌は悪いままらしい。それとも今のキスで更に傾いてしまったのか。
「甘いキスもいりませんか?」
互いの鼻先を擦り寄せ、至近距離でトキヤが真斗の目を覗き込みながら、吐息だけでそう囁いた。
「本当に悪趣味だ」
眉根を寄せながら大きな溜め息を零した真斗がトキヤの耳を摘んで引き寄せる。そうして僅かに唇が触れ合った後に小さく囁いた。
「お前も、俺も、」
蚊の鳴くような小さな声は、けれどトキヤが聞き漏らすことなどない。
笑みを浮かべたトキヤが再び真斗をベッドへと沈めることになるのはこの後すぐのことだった。