(マサレン前提の真斗←トキヤの自慰ネタです。ご注意ください)



私には、秘密があった。
 それは、誰の目にも触れぬように、と胸の一番奥に仕舞い込んだ大事な秘密。ひとりきりの時にそれを取り出して眺めては、穏やかな気持ちに浸る。
 優しくて、温かくて、そうして、ほんの少しだけほろ苦い、そんな大事な宝物だった。
 その宝物は、きっと日の目を見ることなど無いのでしょう。
 けれど、それで良いのです。
 それは欠片さえも望んではいけない、淡い淡い恋心。


暗闇の中の宝物

 私が、あなたに向けているこの感情が友人としてのそれではないと気がついたのはもう五年以上前になります。
 それを自覚したのは、確かあなたと初めて出会って一年ほど経った頃だったでしょうか。最初は、本当に友人として好きだったのです。敬愛すらしていました。それは今でも変わりません。私は今までこんなにも気が合う人間に出会ったことがありませんでした。実は生き別れの兄弟なんじゃないかって思うほど、あなたとは波長が合うのです。それは、ものの好みから価値観、些細な仕草や、ふとしたタイミングに至るまで合致していて、それがとても心地良かったのです。運命なんじゃないか、と思ったぐらいです。
 そうして、私はあなたに恋をしました。その感情を恋だと認識するまでに幾つもの葛藤がありました。許されない恋です。恋愛禁止令うんぬんではなく、男同士だから、です。それに、あなたとの距離が縮まれば縮まるほど、あなたは決して手に入らないのだということを気がついてしまったのです。そうして、その真っ直ぐな瞳が向かっている先にいる人間のことも。恋心を自覚すると同時に失恋だなんて、そんなのドラマの中だけだと思っていました。
 けれど、想うだけならば自由。ひっそりとこの胸の中に隠したまま、誰よりも近くであなたと仲が良い友人であれれば、それで良いのだと、何度も言い聞かせました。あなたの幸せこそが、私の幸せなのだと。
 それでも、たまに思うのです。掻きむしりたくなるほどの焦燥は、ただの醜い嫉妬かもしれません。

 どうして、あなたは彼を選んだのでしょう?
 どうして、私では駄目だったのでしょう?
 どうして。

        ◆  ◆  ◆

「イッチーは、聖川のことが好きなんだろ?」
 背後から聞こえて来た脈略のない問いに、私は手を止めて振り向いた。視線の先、鮮やかな夕焼け色の髪をした男がこちらをぼんやりと見つめている。
 この男はいつも唐突だ。私には彼の考えていることは良く分からない。だから、少し苦手だと感じてしまうのかもしれない。
 がらんとした大人数用の楽屋には私とレンのふたりしかいなかった。てっぺんを越えた収録は先ほど終わり、皆連れ立って食事へと出掛けてしまった。一緒にどうかと声を掛けられたが、この時間からの食事は正直避けたい。翌朝早朝からの仕事があるので、と断り、私はこうして帰りの準備をしていた。レンも似たようなことを言って断っていたが、そんな予定がないことは知っている。多分、彼は早く家に帰りたいがために断ったのだろう。確か今日は聖川さんが長期ロケから帰ってくる日なのだ。
「ええ、好きですよ、聖川さんとは気が合いますから」
「そうじゃなくてさ、オレが聖川のことを好きなのと同じように、イッチーも聖川のことが好きなんでしょ?」
 そう言ってレンが首を傾げてこちらを見遣る。心の中まで見透かされてしまいそうなこの視線が私は好きではない。なんと答えようかと無言になった私に、レンが追い討ちをかけてきた。
「ほら、黙った。当たりだろ? イッチーは誤魔化そうとする時に無言になる癖をやめた方がいいよ、わかりやす過ぎる」
 初めて会った時からこの男はこうだ。人が必死に隠しているものをほじくり返して目の前に突きつける。この男は人の感情の機微に聡い。それが好ましく思える時もあれば、疎ましく思う時もある。例えば、今。
「だったら何だって言うんです?」
 どうせ知られているのならこれ以上の言い逃れなどできないだろう。開き直って軽く睨みつけながら視線を送ればレンが困ったように笑う。
「イッチーはさ、オレのこと憎くはないの?」
「はぁ?」
 へらへらと笑う顔から出て来たのは、なんとも似つかわしくない負の単語だった。
「だって恋敵でしょ?」
「あなたたちは付き合っているのでしょう? 恋敵、と言うには少々語弊が」
 私は恋敵ですらない、ただ横恋慕しているだけの存在だ。もちろん、レンから聖川さんを奪い取ろうなんてことは考えていない。そもそも、私が彼を好きなのだということを誰にも悟られないようにしていたというのに。
「うーん、まぁ、そうかもしれないね、でも」
 言いかけてレンが言葉を止める。何かを言いあぐねているようだった。
「……イッチーはすごいよね、どうして、そうやって想い続けていられるの? オレは聖川が他の誰かと仲良さそうに話しているだけでだめだよ」
「それは、持てる者の不安なのですよ、そもそも私とあなたでは立場が全く違うでしょう? 同じ目線で考えること自体が間違ってますよ」
「でも、同じ人を好きなことには変わらないじゃないか」
 だって、聖川はオレと一緒にいる時、あんな風に笑わないし、ふたりでいたってイッチーの話題ばっかり出てくるんだよ、悔しいよね、とレンが拗ねたように唇を尖らせて言う。だからそれが持てる者の驕りだということにどうして気がつかないのだろうか。持たざる者の自分にはそれすら羨望の対象でしかない。無言のままの私に構わずレンが滔々と話を続ける。
「たまにね、思うんだよ、聖川はもしかしてだめなオレを放っておけなくて一緒にいてくれているだけなんじゃないのかなって。他の幸せがあるかもしれないのに」
「他の幸せ、ですか?」
「うん、聖川はさ、イッチーとすごく仲いいし、イッチーも聖川のことが好きなら、そっちの方が聖川が幸せなんじゃないかって、たまに思うんだ」
 何を言い出すかと思えば。レンの突拍子もない言葉に溜め息を禁じ得ない。どうしてそうおかしな方向に考えが及ぶのか私には全く理解が出来なかった。
「あなたは、私と聖川さんを馬鹿にしてるんですか?」
「そうじゃないよ、ただ、何が一番良いのか良く分からなくなってくるんだ。オレは聖川に迷惑かけてるなって思うこともあるし」
「自覚はあるんですね」
 レンがどれだけ聖川さんに頼りきっているのかは、聖川さん自身から聞いて知っている。けれど、聖川さんも呆れている風ではあるものの、確かにそれを喜んでいる節がある。私から見れば割れ鍋に綴じ蓋だ。共依存というものなのかもしれない。
「でも、聖川さんがいなくなったら困るのはあなたでしょう? ちゃんと生きていけるんですか?」
 目を眇めて見遣れば、レンが小さく肩を竦める。
「どうだろう? でも聖川が幸せならオレはなんだって構わないよ」
「では、今のままで問題ないでしょう?」
 一体何が気に入らないというのだ、あんなにも彼に愛されているというのに。
「イッチーはそれでいいの?」
「勝ち目のない博打は打たない主義なんです」
 私は打算的な人間だ。この恋が報われないのならば、せめて、このまま彼の気が置けない友人というポジションのまま隣に居続けたかった。友人である私は、彼の愚痴だってのろけだってなんだって漏らさず聞こう。それは辛い選択だというのは分かっている。けれど、そうして私は彼の側に居られるのだから、そのくらいのことならば笑って流してしまおうと決めたのだ。
「私だって聖川さんのことをずっと見ていたんです。聖川さんがどう思ったかも、何が好きなのかも、大体分かります」
 だから、どれだけ彼がレンのことを好きなのかも分かる。いっそ清々しいほどにそれは明らかで、彼らふたりの世界に、私の立ち入る隙は一分たりとてないのだ。そこに嫉妬も羨望もないと言えば嘘になるだろう。けれど、それでもなお彼の近くにありたいという欲求があった。
「あなたはもっと自信を持ちなさい、聖川さんはあなたのことを本当に大事に思っていますよ」
 しかし本当に疑問だ、どうして彼はこの男を選んだのだろうか。
「確かに、あなたは顔は良いし、スタイルは抜群ですし、元々良い声をしてますから、歌だって上手いし、表現力も、人を引きつける華もある。立ち居振る舞いも非の打ち所はないです、まぁ、ちょっと女性に気を持たせるような言動は正直頂けませんが、そのサービス精神は尊敬に値します。悔しいですが、認めざるを得ません」
 本当に、レンは私にない物をたくさん持っている。それは純粋にすごいとも思う。悔しいからあまり口にはしたくないのだが。私から見ればレンは恵まれているように見える。私が努力してようやく手に入れたものも、私が一生かかっても手に入れられないものも持っているくせに。
「イッチーから褒められるとなんだかむず痒いね」
「褒めてません、事実を述べたまでです」
「ますます嬉しいね」
 目尻を下げて笑う姿に苛立ちが募る。壮大なのろけを聞かされたこっちの身にもなって欲しい。 「では、そろそろ私は上がりますので」
「うん、なんだかごめんね、引き止めて変な話しちゃって」
 イッチーと聖川があんまり仲が良いからちょっと妬いちゃったのかも、とレンが言い訳するように嘯く。
「しかし、言った相手が私で良かったですね。聖川さんにあのようなことを言ってごらんなさい、ただじゃ済みませんよ」
 滅多なことでは怒らない彼は、怒ると怖い。それはレンも身をもって知っているのだろう、眉を下げたレンが、なんとも言えない表情を浮かべたのを見て、少しだけ溜飲が下がる。
 では、とレンを残して楽屋を後にする。深夜でありながら煌々と灯りが灯る明るい廊下。疲れている今の自分には眩し過ぎるくらいだ。早く家に帰って眠ってしまおう。寝に落ちてしまえばこの胸に巣食うやり切れなさもきっと忘れてしまえるに違いない。

        ◆  ◆  ◆

 帰宅してシャワーを浴び、明日の準備をしてベッドに横になったのは、レンと別れてから一時間以上経った頃だった。全身を疲労感が包んでいるが、神経が昂っているのか、目を閉じても一向に眠気が襲ってこなかった。
 昔から眠りに就くのに少し時間が掛かる性質なのだ。その上、眠りも浅く、些細な物音で目が覚めることも多い。けれど、学生の頃からHAYATOとして忙しい日々を送っていたこともあって、あまり眠らない生活には慣れている。それに、少しでも時間があれば仮眠することを覚えたのもやはりその頃だった。眠くなくても目を閉じているだけで少し寝たような気分になるし、気がつけばそのまま眠っていることもある。だから、目を閉じて、じっと横になってみる。
 こうして音のないしんとした薄暗い部屋で目を閉じていると、今日の出来事が走馬灯のように思い浮かび、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
 今日は朝から雑誌の取材とグラビア撮影、その後昼過ぎから少し時間が空いたのでドラマの台本を読み、夕方からはバラエティー番組の収録があった。昼過ぎに中抜きの時間があったからか、数としてはいつもよりも少ないくらいだったが、やはり夜遅くに仕事が終わるのはそれだけ疲れるものだ。
 それに、帰り際のレンとの遣り取り。レンにはあんな風に啖呵を切ったけれど、実際のところ、悔しくて、羨ましくて、妬ましくて、気が狂いそうだった。一体、今まで何度、レンに成り代われないだろうかと考えただろうか。聖川さんの口からレンの名前が出てくる度に、醜い感情が暴れ出してしまいそうになるのを理性でもって押し殺している。薄皮一枚剥げば、自分はこんなにも醜くて、汚くて、卑怯で、矮小だ。
 長い長い時間をかけて彼の信頼を得た私に、彼は随分と気を許している。恐らく他の誰にもしなていないだろうレンとの閨ごとの相談もいくつかされたこともある。もちろん、そんなことも分かっていて、それでもなおこの『聖川さんと仲が良い友人』のポジションにしがみついているのだが。
 あの後、私が帰っていくらもしないうちにレンも楽屋を後にして、聖川さんが待つ温かな部屋に帰ったことだろう。きっと、今頃ふたりは真っ最中なのだろうな、とふと考えてしまう。 
 聖川さんははっきりと言葉にしないけれど、話を内容を考えてみるに、つまり、聖川さんが男役で、レンが女性役ということになる。それは少々意外であった。確かに性格で言えばどちらかというとそうなのだが、どこからどう見ても男にしか見えないレンに対し、聖川さんは中性的な外見をしている。一度、学園時代に授業で女装をしたことがあったが、レンは聖川さんの見事な女装に悔しがっていたくらいだった。
 そんな中性的な外見をしている彼が一体どんな風に男を抱いているのか、なんて一度でも考えてしまったのがいけなかった。正直、私が彼に向けているものはきれいな感情ばかりじゃない。私だって普通の男だ。相応の肉体的な欲求だってある。
 身体の中心にそっと手を当てると、そこは既に熱を持ち始めていて、服を押し上げている。下着に直接手を差し入れて触れれば、手の冷たさにひくりと身体が跳ねてしまった。
「……ん、」
 横向きの体勢で自身の性器を柔く握り込む。雁首部分を指先で刺激すると、甘い痺れが腰全体に走り、背がふるりと震えた。一度触れてしまえば、その先の快楽を知っている身体は後戻りなんて出来なくなってしまう。親指と人差し指で輪を作り、ゆるゆると性器を扱けば、いくらもしないうちに芯を持ち始め、自然と息が漏れてしまった。
「あ、……聖川、さん、あっ……、ん」
 脳裏に思い描いていた人物の名が口をついて出てしまう。こんなことはいけない、と思いながらも、身体は正直で、彼の姿を思い浮かべることも手を動かすことも止められない。
 明日は朝から仕事があるが、さほど早い時間ではない。少しくらいなら、と逡巡の末に、ヘッドボードの戸棚から、いくつかの道具を手探りで取り出した。
 暗がりの中でぼんやりと白く浮かんで見えるそれは不思議な形をしている。初めは道具を使うことに抵抗があったが、慣れてしまえばなんとも思わない。むしろこれなしでちゃんと達することが出来るのか不安に思うぐらいだ。
 その白い器具と一緒に取り出したローションを指に絡めてそっと後ろ穴に擦りつける。円を描くように窄まりを撫で、皺をなぞるように指を動かせば、何度も器具を受け入れたことのあるそこは簡単に指を飲み込んだ。
 ローションを追加しながら指を何度も抽挿させて、時折指を折り曲げては内部を刺激する。指では満足に前立腺を刺激できないものの、この段階で既に気持ちが良い。ぬるぬるとした感触が何度も出入りするだけで背が震えるくらいの快感が押し寄せてくる。後ろの穴を弄りながら、手のひらで袋をやわやわと揉みしだけば、鼻に掛かったような声を押さえられなくなってしまう。だらりと項垂れた性器の先端からはよだれを垂らしているかのようにだらだらと汁を零している。
 そろそろいいか、と白い器具に手を伸ばして、その先端部分にもローションを塗り付けると、先ほどまで指で解していた後ろの窄みにぴたりと宛てがう。期待でどくどくと早まる心臓の音を感じながら、張り出したものを慎重に埋め込んでゆく。前立腺をマッサージするためだけの器具、というだけあって、きちんと良いところに当たるのだ。
「ん、……ん、……ぁ」
 男同士のセックスは癖になるのだと、どこかで聞いたことがあった。確かに、前立腺への刺激は性器を擦るだけのそれよりもずっと何倍も気持ちが良い。初めは異物を挿入する違和感もあるし、痛みもある。それに未知のものに対する恐怖もあった。けれど何度か時間を掛けて慣らしていくにつれ身体は順応してゆき、結果、最近では前だけの刺激では物足りなくなってしまったほどだ。個人差もあるのだろうが、前立腺の辺りに器具を軽く押しつけるだけで今までとは比べ物にならないほどの快楽があった。これは、確かに癖になる。そうして、その分だけその先の快楽に貪欲になってしまう。挿入しているものが無機質なものではなくて、熱く脈打つ彼のものだったら、と考えるだけで更に中心に熱が集まってゆく。
「ひじ、りかわさん、……んっ、まさとさ、ん」
 ビクビクと勝手に動いてしまう足をそのままに、ぐりぐりと器具を更に奥へと押し入れる。もっと強く擦り付けたらどうなってしまうのだろうかと、その先の快楽を思うだけで、更に身体が昂ってゆく。
 寝間着の上着をたくし上げて、手のひらを胸に滑らせる。既に痛いくらいに勃ち上がっていたその突起を摘まみ上げて、ぐりぐりと指先で転がせば、背が溶けてしまいそうなほどの快感が押し寄せてくる。この場所も初めはくすぐったいばかりだったが、今ではほんの少し掠れるくらいで快楽を拾い上げてしまう。下半身に埋め込まれている器具に添えていた手を外し、両手でそれぞれの乳首を刺激する。
「あっ、まさと、さん、いい……、いいです、あぁっ」
 入っているものを締め付けるように下半身に力を入れれば、そのかたちをまざまざと感じてしまう。何度かそれを繰り返していると、自然と内部がひくついて、その器具が自ずから動いているような錯覚に陥る。
「あぁ、気持ちい、まさとさん、ん……、もっと、」
 うわごとのように脳裏にいるひとの名を呼びながら、手を動かす。既に絶頂へと向かうことしか頭にない。
「あっ、あぁ、……もう、あっ、あ──っ」
 びくびくと下肢が痙攣したように引き攣り、その瞬間、頭の中が真っ白になる。
「はぁ、はぁ、」
 身体の中心で燻る熱でぼうっとしていた思考も、熱を吐き出せばすぐに冷めてしまう。いつもこうして冷静なったあとで後悔だとか罪悪感が押し寄せてくるのだ。
 こんな後ろめたいこと、もうやめようと思うのに、意識が飛んでしまいそうになるほどの快楽を知ってしまった後ではその誘惑に抗うことは難しい。次に彼に会う時にどんな顔をして会えば良いのかという後悔も、彼に対する後ろめたさも、一時の快楽の前ではそれすらも霞む。
 襲ってくる空虚に溜め息を零せば、静かな部屋にやけに大きく響いた。この部屋に自分ひとりしかいないのだという現実が痛いほどに突き刺さり、そうして、きっと彼は愛するひととベッドの中に居るのだろうという脅迫にも似た妄想が胸を抉る。
 空しい。