(トキヤが少しおかしい話です。ご注意ください)


 私は今、五人の聖川さんと暮らしている。

 この生活を始めてから、もうそろそろ三年。私たちの暮らしは順調だ。

「ただいま帰りました」

 今日もやっと一日が終わった。疲れた身体を引き摺って家に帰れば、リビングでは微笑みを浮かべた聖川さんが私を待っている。人に見られる職業ゆえ、外では常に人の目を気にしているのだが、彼の優しい笑みを見てようやく帰宅した、と実感して肩の力も抜ける。

 彼は先に食事を済ませてしまったようだ。冷蔵庫を覗けば中には食事が用意してあって、私はいつもそれを温めて食べる。私好みの野菜が多めの食事。一緒に食事をしたいけれど、私の方が帰ってくるのが遅いのだから仕方がない。彼を空腹のまま待たせることなど申し訳なくて出来ない。

 そうして、彼に見守られながら夕食を終えると、一日の疲れを癒すためにバスルームへ向かう。そこでも聖川さんが迎えてくれる。初めはバスルームにいる聖川さんに照れてしまってまっすぐに顔を見ることができなかったけれど、最近ようやく彼の姿に慣れてきて顔を合わせることが出来るようになったのだ。

 聖川さんは初めから五人いたわけじゃない。最初はもちろんひとりだけだった。気がついたらひとり、またひとり、と増えていき、最終的に今の人数になった。一番初めは主に仕事をする部屋、次に寝室、その次にリビング、ウォークインクローゼットの中にもひとり、それから一番最近増えたのはこのバスルームの聖川さんだ。

 これだけたくさんの聖川さんがいると常に見られているようで気が抜けないと思うだろうが、そんなことはない。むしろどこでも聖川さんの顔が見られるのだ、何も問題はない。

 そうして今日も、聖川さんがいるこのバスルームで、今日あった出来事を彼に話しながらゆっくりと湯船に浸かる。一日の中で至福の時だ。私の取り留めのない話にも、彼は嫌な顔ひとつせずに笑みを返してくれるのだから、本当に彼には感謝しかない。

 バスルームで疲れた身体をほぐした後は身体が湯冷めしないうちに寝室へと向かう。先に眠っている聖川さんの隣に潜り込み、その柔らかな身体を抱き締めて、私は今日も眠りに就く。



「おはよう。目が覚めたか。お前の元気そうな顔が見られて何よりだ。今日も一日頑張るのだぞ」

 朝は聖川さんが優しい声で起してくれる。時には布団から出るのが億劫になっている私に厳しい声をかけ、それから、時折、甘く愛を囁いてくれるのです。

 毎朝の朝食を作るのは私の役目だ。

「おはようございます。今日は何が食べたいですか? ……トーストとハムエッグ? いいですね、私もちょうど食べたいと思っていたところなんです。やっぱり私たちは気が合いますね。ふふ、今日は特別です。ベーコンもつけましょうか。」

 フライパンの上に薄切りのベーコンを二枚並べ、その上に慣れた手つきで卵を落とす。じゅわじゅわという食欲をそそる音と香ばしい香りがキッチン中に広がっている。リビングを顧みれば、彼が待ちきれないとでもいうように笑みを浮かべたまま座っていた。

 けれど、彼の前に食事を並べても彼は朝食に手をつけなかった。少し調子が悪いのかもしれない。

「……おや、食欲がありませんか? 珍しいですね。ああ、でも無理して食べては却って身体に毒ですから、これは私が帰って来てから食べることにしましょう」

 こんな時はゆっくり休んでいた方が良い。彼の前に置かれていた皿を冷蔵庫に仕舞い、その後は身支度を整え、クローゼットの中で聖川さんと相談をしながら今日着ていく服を選ぶ。彼を残して仕事に行くのは辛いけれども、五人いるのだから、という安心感もあった。

「では行ってきます」

 リビングで微笑みを浮かべた聖川さんに向かっていつもの挨拶をし、私は玄関のドアを開ける。


 私は今、五人の聖川さんと暮らしている。

 私たちの暮らしは至って順調だ。




(プライベッターより再掲載)